裏話その五
「なんのための勉強」
ある男子生徒が勉強中だしぬけにこう尋ねてきた。
「先生、勉強って何のためにするんすかねぇ?」
でました。超定番の質問。
私、この手の悩みを抱える生徒が大好きなんです。それに、この質問は私自身もいまだに考え続けているほど、明確な回答が見つからない難問です。
彼、今日は最初からさえない表情をしてそんなことを考えていたんですね。
いつものように私は内心ほくそ笑みながら、まずこう言いました。
「その質問、私個人の答えを聞きたいの?」
すると、彼は
「高校に入るためじゃないんですかね?」
質問をたたみかけます。
「・・・なるほど。じゃぁ、高校に入ったらもう勉強しないのかい?」
「いや、部活するためにしないといけないでしょ。俺、部活のために勉強しているようなもんすよ。」
「おお!じゃあ、答えは出ているじゃないか。それが答えだろ。」
彼、ぶ然とした表情で「・・・」
そのとき、後ろの席の女生徒が口をはさんできました。
「私、楽をしてお金を稼ぐためですよ。」
すかさずもう一人、別の男子生徒がツッコみます。
「そんなのあるんかい?」
・・・しばらく騒然
「まあまあ、人それぞれでいいんじゃないの。」
私としては、それくらいでまとめて勉強に戻ろうとしましたが、最初の男の子がまだ不服そうにしていました。
「・・・部活するためじゃダメなんすかねぇ?」
「ん?」
「いや、俺、みんなそうだと思ってました。」
「え!みんな部活するために勉強しているってことかい?」
「ちがうんすか?」
「・・・うーん。それはちょっと決めすぎでしょ。」
「じゃぁ、やっぱり分からないっすよ。」
「で、なるほど最初の質問に戻るんだ。」
ここまで話を聞いて、私も少し彼の悩みの中心部分が見えてきた気がしました。おそらく彼は、今の彼の答えに自信が持てなくなっちゃったのでしょう。
誰に答えても恥ずかしくない、いわゆる優等生の答えみたいなものを求めているのかもしれません。
「わかった。じゃあ、私なりの答えを言うけど、がっかりしないでね。」
「・・・」
「それは・・・幸せになるためでしょ。」
「部活することも、楽してお金持ちになるのも、その人にとっての幸せなんじゃないかな。」
「え!じゃぁ、いま幸せだったら、もう勉強しなくてもいいんですかね?」
「いや、それはまた言い過ぎでしょ。まあ、いま幸せであればそれ以外は何も望まないというのであれば、それもアリかもしれない。でも、いま幸せだからって、人生それで終わりというものではないし、自分の幸せ以外にも人の幸せだって考えるべきだし。きっと勉強は、そんな人間のさまざまな幸せにつながる確率の高い方法の一つなんじゃないかな。」
ここでまた、もう一人の生徒がツッコみました。
「先生はいま幸せですか?」
「もちろん。だって、みんなが幸せになることを応援する仕事をしているんだから。」